上街道と小牧宿(うわかいどう・こまきじゅく)

更新日:2026年06月22日

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上街道(うわかいどう)(木曽街道)

尾張藩は、1615(元和)9年、幕府から良質な木材の産地である木曽の山林の領有を認められました。これにより、名古屋と木曽を結ぶ街道の整備が必要となってきたのです。

1623(元和9)年、尾張徳川家初代藩主の徳川義直は、名古屋と中山道を結ぶ街道の整備に着手しました。これが上街道(木曽街道)です。

上街道は名古屋城下から味鋺(あじま)、味美(あじよし)、春日井原を経て、小牧、楽田、善師野(ぜんじの)、土田(どた)を経て伏見で中山道に合流していました。
また、途中の楽田で、犬山へ向かう稲置街道(いなぎかいどう)と分岐していました。

小牧宿(こまきじゅく)の整備

1563(永禄6)年、織田信長は小牧山に築くとともに、小牧山の南に城下町を整備しました。
しかし1567(永禄10)年、信長が岐阜に移ると、小牧の城下町はわずか4年でその役割を終えます。
城下町の多くは岐阜へ移転しましたが、町の一部は小牧に残りました。

それから約半世紀後の1623(元和9)年、尾張藩主徳川義直は、上街道の整備に伴い、小牧山の南の町場を約1km東の街道沿いに移すように命じました。

新しい宿への移転にあたっては、藩から村民へ引越料も与えられました。
こうして1628(寛永5)年には街道に沿った町並みがそろい、1633(寛永10)年ごろまでに完了したとみられます。

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