川地さん

更新日:2017年08月31日

CASE.3 大卒後に商工業が盛んな小牧へ。現在は駅前でカフェを営む川地祐輔さん

自ら課した試練を乗り越え、駅前にカフェを出店。

名鉄小牧駅前で和風カフェ「吉乃庵」を営む川地祐輔さんも、小牧市へと移住してきた1人。元々は岐阜県・養老町出身で、大学進学の際に愛知に出てこられたそうです。「小牧へ来ることを決めたのは就職活動のタイミング。祖父が大工をしていた影響で、ばく然と『製造業の会社に就職したいな』と考えていました。そこで注目したのが、商工業が盛んな小牧市でした。また妻とは学生時代に知り合ったのですが、妻の実家が春日井市にあったことも大きな理由になりましたね」。

 

そうして小牧の地に降り立った川地さん。希望どおりメーカーへの就職を果たしましたが、実は1つの大きな夢を抱き続けていたそうです。「いつかは自分の店を持ちたい、と考えていました。ただ自分に経営の才能があるかどうかが分からなくて」。そこで川地さんは、「会社から課せられたノルマを3年連続でクリアできれば、自分には経営者の資質がある。ダメだったらそのまま会社員として生きよう」と決意。それからは日々の仕事に全力で取り組み始めたそうです。

FC経営を経て「自分の作りたい店作り」を。

そうして3年。川地さんは自ら設定したハードルを見事にクリアし、晴れて独立を果たすことになりました。「義母の繋がりで小牧駅前のこの場所を紹介してもらい、最初の3年間は和風カフェのフランチャイズを経営しました。その後、契約が切れるタイミングで店名を変更。それからは、日本茶や和菓子、かき氷などを提供する現在の業態で営業を続けています」

 

実は小牧駅前というこの場所は、川地さんにとって不思議な縁のある場所でした。「小学5年生のとき、養老から引っ越した友人に会うために、数人で小牧まで来たことがあったんです。でも結局道に迷ってしまって(笑)。駅前の電話ボックスから友人宅に電話したのを覚えています。まさか十数年後にその場所で店を開くことになるとは、ですよね(笑)」

生き方に影響を与えた祖父の言葉。

店名の「吉乃庵」とは、織田信長の側室で“信長最愛の女性”とも伝わる生駒吉乃に由来しているそうです。川地さんがそこに込めたのは「信長が吉乃を愛したように、小牧の皆さんに愛されるお店になりたい」という願い。それが通じたのか、今では小牧市民はもちろん、クチコミで噂を聞き付けた県内外からの客も数多く訪れる人気店となりました。

 

「大切にしたいのは、やはり人との繋がりですね」と川地さん。その根底には祖父から聞かされたこんな言葉がありました。『自分は大工として、商売を通してたくさんの友達を作ることができた。だからお前も将来独立して、周りに本当の友達を作ってほしい』。最初は皆無だった“友達”も、来店客とコミュニケーションを取るなかで1人増え、また1人増え、今や川地さんは小牧駅周辺にはなくてはならない存在となりました。

人と人との出会いを作る、マルシェイベントを主催。

「自分も移住者だからこそ、同じような境遇の人に小牧での繋がりを見つけてほしい」。川地さんのそんな願いからスタートしたのが「ぶらりマルシェin小牧」です。このイベントには、小牧市内を中心に多くの飲食店などが参加。その名の通り、来場者は各ブースをぶらりと訪れ、会話を楽しみながらお気に入りの店を見つけられる仕組みになっています。

 

「地元に1人でも友人ができると、それが次の繋がりを呼びます。マルシェをそのきっかけにしてほしいですね」と川地さん。2016年5月の初回開催から、早くも3度の開催を重ね、徐々にその知名度もアップしてきました。

市の補助金で、特産品を使ったメニューを開発。

もう1つ、店づくりに関する川地さんのこだわりがあります。それは、小牧市の地産品をメニューに積極的に取り入れること。2016年には小牧市の「観光特産品開発チャレンジ事業費補助金」を使用し、特産品のぶどうを使ったかき氷の商品化に成功しました。「実現したかったのは、ふわふわで雪のような氷の食感。でもぶどう果汁をただ凍らせるだけでは、シャーベットのような感じになってしまいます。補助金を利用することでさまざまな試行錯誤を行い、最終的に納得のいく食感を生み出すことができました」。その後、同じく名産の桃のかき氷も開発に成功。この2つのかき氷は、早くも「吉乃庵」の看板メニューとなりつつあります。

 

「小牧の子どもたちの中でも、桃やぶどうが特産であることを知らない子がいます。かき氷を通して、少しでも地域のことを知ってもらう助けになればいいですね」と熱く語る川地さん。その表情には、第二の故郷・小牧への郷土愛が溢れているように見えました。